はじめに:ウェブサイト運営の「常識」が、終わりを告げるかもしれません
もし、あなたのウェブサイトへのアクセス数が、ある日を境に半減するとしたら、どう対処するでしょうか。
これは決して大げさな話ではありません。2025年5月、Googleが発表した新機能「AIモード」は、まさにそのような未来を引き起こす可能性を秘めています。
海外の専門家やメディアからは、「ウェブの終焉だ」「これはコンテンツの窃盗に等しい!」といった、深刻な懸念が表明されています。この記事では、単なる新機能の紹介に留まりません。Googleが起こそうとしている革命が、ウェブのエコシステムをどのように変容させるのか。そして、サイト運営者である私たちが、この重大な局面にどう向き合うべきか。既にGoogle「AIモード」の実装が始まった海外のリアルな声も交えながら、深く考察します。
第1章:さようなら、クリック。AIが全てを教えてくれる世界へ
もはや「ゼロクリック検索」という言葉では、事態を正確に表せないかもしれません。Googleの「AIモード」が目指しているのは、ユーザーがウェブサイトへのリンクを一度もクリックすることなく、AIとの対話だけで情報収集を完結できる世界の実現です。
従来の検索は、いわば「親切な図書館の司書」でした。利用者が求める情報が載っていそうな書籍(ウェブサイト)を、一覧にして提示してくれました。しかし、AIモードの役割は異なります。それは「全知の専門家」に近い存在です。質問をすれば、様々な文献の内容を統合し、その場で最適化された答えを生成します。そうなれば、利用者が個々の文献を手に取る必要性は著しく低下するでしょう。
これこそが、ウェブサイト運営者にとって致命的な問題となります。海外の調査では、類似の機能によってサイトへのクリック率が最大で7割減少したという報告もあります。AIモードが標準となれば、ウェブサイトの生命線であるトラフィックが大きく損なわれるかもしれません。広告収入や商品販売に依存するビジネスにとって、これは根幹を揺るがす事態です。
第2章:「機械のためのウェブ」の到来と、コンテンツの価値
AIモードが普及すると、コンテンツ制作のあり方そのものが変わる可能性があります。これからは、人間が読んで楽しむ記事よりも、AIが構造を理解しやすいように最適化されたコンテンツが優先されるかもしれません。それは、人間が読むためではなく、AIが読み込むためだけにコンテンツが作られる、「Machine Web」の時代の到来を意味します。
そして、さらに根深い問題が浮かび上がります。それは、「私たちが創造したコンテンツの価値は、誰に帰属するのか」という問いです。
Googleは、同社の検索サービスに参加するサイトの情報を、AIが利用することを規約上可能にしました。これは、サイト運営者がトラフィックという対価を十分に得られないまま、自らのコンテンツをAIの学習データとして無償で提供している構図と捉えることもできます。海外メディアからは「一方的な搾取ではないか」という厳しい批判も出ています。クリックというインセンティブが失われた未来で、誰が高品質な情報を創造し続けるのでしょうか。
第3章:Googleが描く未来と、ウェブサイト運営者の現実
もちろん、Googleは「心配は不要だ」というスタンスです。「AIモードによってユーザーはより深く検索するようになり、本当に興味を持った質の高いユーザーだけがサイトを訪れるため、むしろ有益だ」と説明しています。
しかし、実際にサイトを運営する現場からは、異なる声が聞こえてきます。「検索結果での表示は増えたが、クリックは減少する一方だ。自社のコンテンツを基に、Googleが利益を独占しているのではないか」と。
この両者の認識の乖離こそが、AIモードが抱える最も大きな課題と言えるでしょう。Googleが描く「便利で効率的な未来」の裏側で、ウェブの多様性を支えてきた無数のサイトが、その活力を失っていく。それは誰も望んでいない未来のはずです。
第4章:どうするべきか?生き残るための3つの戦略
では、打つ手はないのでしょうか。諦めるのはまだ早いでしょう。この困難な状況を乗り越えるためのヒントが、海外の議論から見えてきます。
戦略1:AIに信頼される情報源となる
これからは、検索順位だけを追い求めるのではなく、「AIの回答に引用されること」を目指す必要があります。専門性、権威性、信頼性が高く、ユーザーにとって真に価値のある高品質なコンテンツを作る。この基本こそが、最も重要な防御策となります。
戦略2:Google検索への依存から脱却する
SNS、YouTube、メールマガジン、ポッドキャストなど、Google検索に依存しない、独自のファンコミュニティと直接つながるチャネルを構築・強化することも有効な戦略です。複数の拠点を持つことで、特定プラットフォームへの依存リスクを分散できます。
戦略3:業界として連携し、交渉する
海外では、サイト運営者が連携し、「無償でのコンテンツ利用を許諾しない」という立場で、プラットフォーマーと交渉しようという動きも始まっています。個々の声は小さくても、業界として団結すれば、大きなルールを変える力になるかもしれません。
第5章:筆者の見解 — この変化は「質の淘汰」を加速させる
これまでの議論を踏まえ、最後に私自身の見解を述べたいと思います。この「AIモード」がもたらす地殻変動は、一面的な脅威であると同時に、ウェブサイトの「質の淘汰」を、ある意味で健全な形で加速させる側面もあるのではないかと考えています。
Googleが正義として掲げる「ユーザー体験の向上」という視点に立つと、残念ながらその存在価値が問われるウェブサイトは少なくありません。例えば、特定の場所からの道順だけを解説する記事を量産したり、主要スポット周辺の駐車場情報を紹介してアフィリエイト報酬を得たりするサイト。ユーザー視点に立てば、こうした情報はAIが直接提供してくれた方が、はるかに便利であるというのが本音でしょう。
AIは、駐車場の公式サイト、Googleマップ、Googleビジネスプロフィールといった一次情報を統合し、料金や空き状況まで加味した最適な提案をすることが技術的に可能です。そうなれば、第三者が情報を「まとめる」「解説する」という行為の価値は、ユーザーの目に直接触れるものではなくなります。AIに情報を提供する「裏方」としては重要かもしれませんが、サイトへのアクセスは期待できません。
ここに、ビジネスモデルの根本的な断絶が生まれます。どんなにユーザーの疑問に的確に答える情報を提供しても、そのやり取りがチャット内で完結してしまえば、自社の商品やサービスを知ってもらう機会すら失われてしまうのです。
「AI版AdSense」は生まれるのか?
では、AIが情報を参照するたびにサイト運営者に報酬が入る、いわば「AI版AdSense」のような仕組みは実現可能でしょうか。これは、情報の価値で集客し、広告価値を生み出すメディアやアフィリエイトサイトにとっての希望の光に見えます。
しかし、その実現は極めて難しいと言わざるを得ません。オープンなウェブの世界で、Googleだけがこの仕組みを導入したとしても、他のAIサービスが追随しなければ、Googleだけがコストを負担することになり、競争上不利になります。全プラットフォーム共通の仕組みを構築するのは、あまりに非現実的です。
Google自身のジレンマ
ただ一つ確かなのは、Google自身も大きなジレンマを抱えているという点です。Googleの収益の柱は広告であり、その広告主は私たちウェブサイト運営者や企業です。その顧客からの反感を買いすぎる状況は、Googleにとっても決して望ましいものではありません。
「お困りでしたら、AIモードやYouTube、Googleマップに広告を出してください」と提案したところで、それは「利益を独占するつもりか」と、さらなる反感を買うだけでしょう。
おそらくGoogleは、このジレンマを解消するために、AIの回答内に新しい広告フォーマットを導入しつつ、その収益の一部を何らかの形でエコシステムに還元するような、新たな妥協点を探らざるを得なくなると私は予測します。しかし、それが従来の広告モデルを代替できる規模になるかは、現時点では誰にも分かりません。
まとめ:傍観者でいる時間は、もう残されていない
AIモードは、遠い国の話ではありません。数ヶ月後には、日本でも現実のものとなる可能性が高いでしょう。
これは、小手先のテクニックで乗り切れる問題ではありません。「自社のビジネスは、ウェブの世界で今後どのように価値を提供し、どう収益を確保していくのか」。事業のあり方そのものを見直すべき、大きな転換点なのです。
この大きな変化の波を、ただ眺めているのか。それとも、たとえ小さな船でも、自ら舵を取って漕ぎ出すのか。今、まさにその決断が私たちに迫られています。まずはこの「不都合な真実」から目をそらさず、皆様のビジネスにおける「次の一手」を考えるきっかけとなれば幸いです。